臭う女性が隣に座った。

昨日の話である。
私が会社の帰宅中電車に乗っていた時の話だ。席が空いていたので私はとりあえず座った。時間も時間だったのだろうか?隣の席も空いていた。駅について一人の女性が乗ってきた。その女性は中年女性だった。私の隣の席に座った。身なりはきれいという感じではない。清潔な感じでもなかった。実際に不衛生であったかは分からない。ただ私の感想だ。それから5分くらいであろうか?そのまま座って電車に乗っていた。
異臭がする。初めは正直そう思った。
このご時世だ。例のサリン事件のこともある。私は少し警戒した。しかし、その異臭が隣の女性からのものであることに気がついた。私は少し安心した。ホームレスなのか。それとも、何かしらの病を患っているのか。いずれにせよ危険というわけではなさそうだ。しかし、臭いというものは感情とは裏腹に気持ち悪さを伴う。あまりの臭いに私はちょっとした吐き気すら覚えた。事情は分からない。となりの女性にどんな事情があるかは。深い理由があるのかもしれないし。ただお風呂に入っていないだけかもしれない。ただ臭った。臭い。人を見かけで判断する気はない。私にとって見かけで吐き気を催すことはない。ただこの場合はこっそり席を立つべきだったのだろう。
しかし私は臭いを堪えてただ寝た振りをしていた。


この女性に悪気はない。しかし私にとって有害である。同じ様に視覚情報や聴覚情報も同じだろうと思う。その見た目によって吐き気を及ぼすことはあり得る。それは様々な要因が考えられる。しかし見ただけでも感じる不快感も隣から聞こえてくる声も他人によって有害は有害である。だからと言って私にはその有害を批判することもできない。中身も知らない人の人格まで否定するように感じてしまう。そんなことは、私にはできない。
このような場合いつも悩み苦しむ。しかし有害は有害である。


生理的に受け付けない。
これは果たして受け入れるべきなのか否定すべきなのだろうか。

今日はそんなことを考えていた。